いかにも下町といった駅前の商店街を抜けると直ぐ、10階建てのマンションの一室が伯父夫婦の家だった。今夜はご馳走にしましょうと伯母は言う。近くに旨いちゃんこを食わせる店があるのだそうだ。正直僕に食欲はなかった。遅い昼飯の影響もあるのだろうけれど、鈍いとはいえ続く頭痛と苛立ちが消えないからだ。伯父は家の中に入ると、上着を脱ぎ直ぐに仏壇へと向かった。スイッチを押すと仏壇の扉が自動的に開く。電動式なのだ。伯父はお供え物用の食器を恭しく下げ、水場で洗う。予め用意していたのであろう米や漬物を食器へ盛り、丁寧に仏壇へと供える。引き出しから数珠を取り出し、眼を瞑って祈り始めた。ああ、そうだったなと僕は思った。父方の伯父たちの中で、東京の伯父と僕の地元に住む伯父は熱心な仏教新派の信者なのだ。地元の伯父などは今の奥さんと知り合ったのも集会だったらしく、更に輪をかけて熱心だった。要するに膨大な寄付金によって幹部連中の腹回りの肉が増殖していく、そんな宗教団体だ。一般的な社会の憎むべき部分を避け、解脱だとかなんとか言っている筈なのに、結局のところ搾取関係は消えない。違いは搾取されることを憎むか、悦ぶかだ。
思えば、僕がその異様さを感じたのは何より父方の祖母の葬式だった。その団体の地域部長らしき中年の男性がお経をあげるという。何故孫である僕と全く無関係で、しかも仏道修行をしたわけでもない人間が祖母にお経をあげるのだ。何故、その厳粛な儀式に顔を出せるのだ。その時点で僕は伯父夫婦の狂気に憤慨していた。葬式も終わり、いくら癌で死を迎えたとはいえ九十間近だった祖母は大往生であった。よって、大往生の葬式後が常にそうであるように皆快活に話し、大いに酒を飲んだのである。それは、別段構いはしなかった。しかし、糖尿病であることもお構いなしに(そういう「血」なのか、僕が生まれる前に死んだ祖父もこの伯母も、そしてもちろん東京の伯父も糖尿病なのだった)ビールをあおった地元の伯母は、僕と僕の母親にのところへくると饒舌に話を始めた。普段からスピーカーのように五月蝿い伯母だが、葬式が一段落してほっとしたのだろういつも以上だった。
「この間、先生にうちの子たちが遊園地に連れて行っていただいたのよ!」
この「先生」というのは団体の代表のことで、信者達からすれば神のような存在らしい。伯母の一番下の息子は団体が運営する宗教塾のようなところへ通っていて、その遠足の話のようだった。旅費も月謝も寄付金もたっぷりと払い、「先生」の写真を持った付添い人達の先導で地方の遊園地に息子が行ったことがこれほどになく名誉だと感じているのだ。その嬉しさにあふれる笑顔ほど醜悪な笑顔を、後にも先にも僕は見たことはない。僕は祖母の死を悲しむ暇さえ奪われたのだ。信仰仏教の信者に!
お経の声は流暢に、東京のマンションの一室で響いている。伯母は黙ってテレビを見ている。伯母は信者ではないらしい。嫌悪している風でもなく、夫の趣味に無関心な妻といった態度だ。それでも僕はなんとなく気まずいように感じた。真剣な表情で祈る伯父は、伯母の言葉に相槌を打って微笑んでいたときよりも活力に溢れているように見えた。
夕食は程近くにあるちゃんこ屋だった。豚肉と野菜のたっぷりと入った薄味のちゃんこと、お酒。それが伯父を饒舌にさせた。
「修君はどんな仕事をするの?」
「先々の目標とか、どういう風にしていく、とかいった考えはあるの?」
自分の若いときの話や、政治の話まで切れ間はなく続いた。そして、次第に話は信仰仏教の話しに移行していった。その素晴らしさを語り、僕の宗教観を尋ね、祖母の葬式がいかに素晴らしかったかを話した。それに合わせたかのように伯母の口数は減った。これがこの夫婦の呼吸なのだろう。僕は伯父の質問に対して無感情に、曖昧に答えるしか出来なかった。なぜならこれからする仕事には何も感慨はなく、これから先のことなど何も形をなしていないからだ。流れているだけなのだ。穏やかさを装って、ほとんど動いていないようにだ。白菜の白さは湯気越しにさらに真っ白に見える。伯父の言葉には曖昧な返事をしながらよく煮えた白菜を箸で取る。手元のお椀には漆黒のぽん酢があり、その中へ痛々しいほどに真っ白な白菜を浸す。小皿に盛ってある紅葉おろしをのせて口へと運ぶ。何故だか死んだ祖母の顔が浮かび、自分のこれからのことも思うと涙が込み上げそうになった。だから、わざと熱い豆腐を口へ放り込んで、おどけて見せて、泣き笑いで。それから、なんで祖母を思い出したのだろうと考える。鍋の中にある白菜も豆腐も豚肉も、みんな穢れを知らぬような白さがそこにある。それらの白さが祖母の美しかった白髪を思い出させたのだとわかる。
伯父の饒舌は酔いが回りきるまで続き、居眠りしそうになる頃には消え去っていた。かといって伯母も静かだった。鍋にはうどんがすっかり伸びきったいる。
「そろそろ帰ろか」
伯母がそう言って、伯父の肩を揺さぶる。伯父は頷きながらむっくりと立ち上がってマフラーをゆっくりと巻き始める。伯母は伝票を店員に渡し、伯父と一緒に先に帰るように言った。店の外はすっかり寒くなっていた。ほんの少しだけ残っていた梅酒の酔いなど忽ちに覚め、透き通った思考が生じる。僕は何故、今、東京にいるのか。自分で選んだはずの場所は途方に暮れることしか許さぬ場所で、この寒さが温かく感じるほどの寒さが街中に溢れていて。空に星はなく、昨夜散歩がてらに行った大学の球場近くのベンチに座って見上げた星を思い出す。今、頭上に広がる灰色の空に思い描いこうと試みる。培われたはずの想像力は弱まっていた。昨日見たはずの美しく輝いた星さえ思い描けないのだ。また、涙が出そうになる。今度は堪えようとはしない。空にはぼやけては困る美しい星は一つもないのだ。
闇を和らげる常夜灯に照らされ曖昧に写る、見慣れぬ天井を見上げたままで何時間が過ぎたのか。伯母が居間に敷いてくれた布団の中に潜り込ませた身体は薄っすらと汗ばんでいた。さっき飲んだホットミルクのせいだ。伯母は伯父を寝かせつけると、寝る前の僕にホットミルクを飲ませてくれた。使い込まれた片手鍋で、とろ火でゆっくりと温められたミルク。自分の分も湯飲みへ注ぐと、棚からブランデーを取り出してきた。照れるように笑い、僕にも「入れるか?」というように目で合図をする。ブランデー入りのホットミルクは優しく胃壁に沁み込んでいった。伯母はしばらく黙って冷蔵庫のドアを眺めていた。話すべきことも見つからず、僕もカップの中を覗き込んでいた。薄く張った膜に蛍光灯の光が吸収されていた。
「修くん、ゴメンなあ。あの人の宗教のことに関してだけはアタマおかしいのよ。自分が糖尿病で死にかかった時助かったのも、仕事が順調なまま退職できたのも、ぜーんぶ神さんのおかげだと思っとるの。伯母さんねぇ、修君になーんも良い助言もしてあげれんけどね、一個だけあるわ。何かをとことんまで信じるなら、神さんや仏さんじゃなくて自分を信じなさいね」
伯母はそう言うと湯飲みのミルクを飲み干し、先に寝ると寝室へと引っ込んだ。僕はミルクに張った膜をまた覗き込んだ。さっきよりも厚くなったように見える膜はミルクの湯気を遮断していた。
枕元の携帯電話が震え始める。こんな時間に何だろうと思い、手に取る。メールの題名は「東京へようこそ!」となっていた。差出人は、去年の暮れから早々と東京へ引っ越していた女友達だった。こっちに家探しに出てきているなら遊ぼうという誘いだ。明日この女友達と吉祥寺辺りで会い、スターバックスの甘ったるいキャラメルマキアートか何かを啜りながらお互いの近況を報告しあう。それから、安いラブホテルを探してサービスタイムを使ってサディスティックなセックスするのだろう。愛撫をすれば、女の腋下からキャラメルマキアートのような甘い香りがして、僕の現実はぼやけるのだ。いつもそうだ。現実をぼやけさせて生きるようになってしまった。抗わず、あるはずの居場所を探そうとせずに。やはりあの埋め立てられた川は僕だったのだ。僕は自分自身の供養を済ませてしまった。また頭痛が始まる。蕩けた痛みが身体を支配すしていく。うつ伏せに体の向きを変え、女友達へ明日会おうとメールを打つ。頭痛は指先にまで浸透し、指が震える。やっとの思いでメールを送信し終えると、いつの間にか強まった寒さに気がつく。布団を抜け出し、カーテンを開けると窓は白く曇っている。トレーナーの袖でくもりを拭きとって外を眺めると、明るくなり始めた街中に雪が積もっていた。呆然としたまま、雪が降り、積もりゆくのを眺め続ける。「終しまい」などないように降る雪。祖母の白髪よりも白い雪。昔の僕より白い雪。星さえも存在しない灰色の空からこんなにも真っ白な雪が降るのか。かいじの窓から見た雪よりも美しい。こんな雪が年に一度でもいいから見ることができるとしたら、なんとか僕はこの街で踏ん張って生きていけそうな気がする。僕の中の「ハイイロ」を弱らせてほしい。僕の中に雪が積もり、溶け出した流れが新たな川を生む。その冷たく透き通った水は鏡となって、僕の居場所を映し出してくれるかもしれない。昔のような溢れ出る想像は僕に安息のまどろみを与える。倒れこむように布団へ戻り、眠りに落ちる。眠る寸前、川岸の土手で雪に埋もれたふきのとうを摘む僕と、美しい白髪の祖母が笑っている光景が瞼をスクリーンとして映し出される。
「バイバイ、オバアチャン」