スクエア・スクリーン
自分の大きな身体には似合わない、白い軽自動車。運転席に身体を折り曲げながら座りこむ。同時と言っていいかもしれない、僕の手は車の芳香剤の隣に置いてある黒いケースに伸びる。中からそっとアラン・ミクリの眼鏡を取り出す。極端なほどのスクエアフレーム。運転する時だってお洒落にしていたいから、そう思って買った相棒だ。
残念ながら、僕はそんなに女性にはもてない。だから、ドライブの時やショッピングの時、車での移動時間を一緒にいてくれる確率が100%なのは、この眼鏡だけだ。ドライブ中の僕の視界は、極端なスクエアに切り取られる。普段は眼鏡はしない。だから、車を運転する時が一番世界がクリアに映る。
ある日、大学のサークルの女の子と食事に行くことになった。家を出るときに僕は小躍りし、車のサイドミラーで髪形をチェックする。サークルに入った時からずっと気になっていた女の子。外見にばかりとらわれて、ブランドの洋服でひたすらに自分を誤魔化す僕。不釣合いかもしれないけれど、それでも僕が気になっていたのは上辺なんかじゃなくて、彼女の笑顔だった。
待ち合わせ場所のコンビニ。雑誌のコーナーで立ち読みでもしているかと思ったら、店先にしゃがみ込んでいた。僕が好きな笑顔じゃなくて、少ししかめっ面の彼女がいた。僕は車を停め、彼女に手を上げる。一瞬だけ笑顔を見せて、急ぐように車に乗る。「今日は誘ってくれてありがとう」なんて社交辞令じみた言葉。なんだか、ふっと寂しい気持ちなってしまう。スクエアの画面には悲しげな女の子が一人だけ。なんだか、悲しそうな映画だなと思う。眼鏡越しに見ると、彼女の目が薄っすらと充血し、睫毛は湿気を帯びていることが分かる。僕は黙って車を発進させた。
少し奥まったところにあるレストランまでは20分以上かかるだろう。あえてカーステレオから音楽は流さなかった。沈黙。
「何か、あったの?」
沈黙。彼女はゆっくりと首を横に振る。二人、沈黙。沈黙のまま、車はレストランに着く。キーを回してエンジンを切る。横にはうつむいたままの女の子。そして、沈黙。沈黙は雄弁だ。おそらく、付き合っていた先輩と別れたのだろう。彼氏がいることは知っていた。でも、破局寸前かどうかなんて知らなかった。僕はそこまで計算高くない。
「・・・今日は洋食だから、今度は中華がいいかな?それとも和食?」
まだ、店にも入っていないのに馬鹿な提案をする。彼女は一瞬驚いたような顔をして、それから大きくゆっくりと、今度は縦に首を振る。そして、僕にとびっきりの笑顔を見せてくれた。僕の眼に、はっきりと、鮮明に彼女の笑顔が映っている。僕の相棒はやっぱり頼りになる。僕もつられて微笑む。
車から降りて、ドアを閉める。彼女は僕より先に歩き出す。入り口近くまで急ぎ足で行ったかと思うと僕の方を振り向く。
「今日、初めて眼鏡をかけているのを見たけど、とっても似合ってる。いつもよりカッコ良く見えるよ!」
そういって、小気味良く笑いながら入り口のドアを開ける。僕は顔を真っ赤にしながら、今日帰ったら相棒を丹念に眼鏡拭きで拭いてやると誓った。